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Diary 2014/09

そらとぶねこにんじゃ

2014/09/17(Wed)

土日は田舎へ草刈正雄。今年は秋が来るのがはやいと言うが、雑草の伸びはあまり変わらない。田舎へ帰る途中の田んぼでは早くも稲刈りをしておられるところもあったが、印象としては全体の三分の一というところか。早稲を刈り取ったあとの田んぼはすがすがしいものだ。しかし最近は殆どがコンバインでの稲刈りなので、ハデ干しをして稲をこぐということをしない。コンバインでそのまま籾にして、ライスセンターに持ち込んで乾燥、あるいは自宅の乾燥機で乾燥。ということになり、天日で干したお米を滅多に食べられない。あまり比較したことがないのでナンとも言えないけど、天日で干した米はそれはそれは美味しいといいます。昔はそれがあたりまえだったのでなんとも思わなかったが、その頃の米の味の記憶と、今食べている米の味を比べるのは難しいのである。うちとこのご近所ではハデ干しをしてイネコギをするという、昔ながらの手順を踏まれるお家がある。そういうお家では農協を通したりしないで、独自の販路でお米を出荷しておられるらしい。そりゃそうかと。味が違うのに農協の同じ基準で値を付けられてはいやでしょう。そんなことはさておき、うちらの田んぼではまだ稲刈りは先だが、先般イノシシが出没したらしく、害獣除けのアミが強化されていた。アミの下部に竹竿などを渡して重しにしたりしていた。そして今回の草刈りは、今や米作りとは全くカンケーの無い休耕田を刈り倒したのであった。しばらく放置していたのでセイタカアワダチソウを栽培しているような田んぼになっていた。これを食べられるように誰か調理法を考えたら、世界の飢餓は救えるんじゃがのう…。とか、そんな妄想を湧かせつつ草刈正雄。放置していた分、草が硬くなっていて予定よりもかなり時間を要した草刈正雄。今回は終わった後に手がしびれているほどだった。ネコへのお土産はカマキリ2匹、ウマオイ系のバッタ2匹。虫かごに入れておいたらウマオイ系のバッタはカマキリの大きい方に喰われてしまった。で、腹がいっぱいで動きが鈍いのかな?これじゃあネコにすぐやられるのうと思って、ベランダに放してやったらブルーベリーの枝に卵を産みつけたのであった。…虫の運命をかき回すのもほどほどにしないと、青臭い呪いがかかりそうな気がしてきた。

 

ねこにんじゃ

2014/09/12(Fri)

うすうす気付いてはいたが、どうもワシは生命力が弱いようだ。どういったことでそういう結論が出るかというと、生きていく上での動機として大事な、好奇心というものが自分には少ないのではないか(最近、特に!)と思われるのだ。興味を持てるものがあまり無いのだ。熱中できるものが少ないというか。生きる熱量が低いのだ。だから、いわゆるオタクとかマニアとかと呼ばれる人達が非常にうらやましい。ああも熱中できる対象があるというのは、とてもしあわせなことだ。その対象が何でアレ。スポーツや音楽なんかでどこそこのチームを応援する、バンドを好きになる、というのも…いやバンドは好きなのは昔あったね。そういえば。今は殆ど無くなったからな。そんな応援しようという対象もないということで、なんだかこれは自分の生命力が、徐々になくなっているのではないかと感じている次第なのだった。しかしこれをあまりおおっぴらに言うと、詰まるところ仕事には差し障りがあるし、家族からはさげすまれるし、イイコトは何もないのでこのことは口に出さないようにしているが、少しはこうして記録しておかないと、こんなことを考えていたということさえ「なんだっけ?まあどうでもいいや」といつの間にやら忘却してしまいそうなので、こうして文章にしておくことにした。そして少しは興味のある、絵を描く粘土をこねるという行為くらいはもう少し熱中してみてもいいのではないか、絵を描く粘土をこねることからナニカ拡がりを見つけられないかと思っている次第です。…しかしこの低温基本路線は死ぬまで変わらないのかも…。

 

彼は家出、ぼく学校

2014/09/06(Sat)

夜遅くに家に帰るとネコが出迎えてくれるので、御飯を食べて一杯飲んでお風呂に入るその前に、出迎えてくれたお礼にマンションのドアのそとに、ネコといっしょに出てやる。ドアのそとの通路はマンションのいわゆる共用部なので、本当はイケナイことなのだ。ルール違反なのだ。共用部ではペットは抱きかかえるか、キャリアに入れてやらなければいけないのだ。しかし、ウチのネコはそれを望んでいるわけではない。はずだ。で、よっぱらいのおっさんがドアのそばでスクワットをしながら、コンクリートの通路でごろごろところげまわるネコをうれしげに眺めているのである。完全に不審者だ。もしこのマンションのダレカに見られたら、総会で吊し上げられることはまちがいない。危険なのである。しかしネコとコミュニケーションをとる時間が少ないおっさんには、とても貴重な時間なのだ。…いやまさか自分がこんなことでこんな言い訳をするような人間になろうとは。ここまでネコに支配された生活をおくることになろうとは。びっくりだニャ!

 

彼は今もギターを弾いているか

2014/09/04(Thu)

8月のおわりに安佐南区、安佐北区であった豪雨災害。あの夜はこちら中区でもあちこちでカミナリが落ち、自宅も停電していた。あまりにカミナリの音が大きく、ねこも押し入れに隠れてしまっていた。翌朝の報道であんなことになっていることを知る。しかも時間が経てば経つほどに、ことのひどさが判明していった。その週と翌週は、なんとしても渡さなくてはいけないものが、ちょぼちょぼちょぼちょぼと小イワシの群れのように待ち構えていたので、テレビやラジオで被災地の様子を知るばかり。近いのにボランティアなどに出れもせず。しかし、たいした仕事ではないにせよ〆切りは〆切り。ここはココロの免罪符として募金に逃げておくことにして、落ち着いたらまた別の方法でナニカ…。とか考えていたがその翌週、Macの調子がおかしくなり、あわわわヤバイ、と予備のもう1機を立ち上げようとすると「ぷすん」みたいな音がして立ち上がらない。結局2機あったMacがどちらも使い物にならず、修理に出すことになり、急きょ自宅にあったPowerBookで凌ぐことに。システムのバックアップを取ってあった外付けのハードディスクから起動。同様に仕事のデータもバックアップを取っていたので、すべて無事だったのが不幸中の幸い。しかしPowerBookは仕事用ではないのでメモリが非常に少なく、なかなかにストレスのかかる進行具合。小イワシの群れのような〆切りが急にサメの群れに追い立てられているように感じる。テレビやラジオから流れる被災地の様子は、この追い立てられる体に心にじわじわと染みこみ、どんよりしながらとにかくなんでもいいからはやくこの呪いから逃げなければ、という気分だった。修理に出したMacは、1機は完全にオシャカ。残る1機はハードディスクがやられていたらしい。「豪雨の時のカミナリではないか?」というのがお店の方の見立てだ。新しいハードディスクを入れてもらって、その生き残ったMacが、今週ようやく帰ってきた。バックアップを2重に取ってあったのでシステムは比較的早めに復旧し、ようやくもとの環境に戻ってきた。被災地はバックアップしたデータで置き換える、みたいなことはもちろんできない。ひとつひとつていねいに修復していくしかない。あまり役には立たないかもしれないが、そのひとつひとつに少しは力になりたい。と思う9月。しかし。草刈りもまだまだ続くのであった。