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Diary 2014/11

おしょうばんにあずかりたい

2014/11/29(Sat)

先日。月曜日は祝日だった。長男大学1年生が来春から通う 校舎が変わるので、引っ越しをせねばならず、が、それを直前に手配していてはとても住むところを見つけるのが難しくなる、ということでこの時期から引っ越し先を探して契約しておかねばならない。で、長男から「住むところを決めた」というので親が印鑑と印鑑証明と現金を抱えて九州福岡は天神までのこのことやってきた。お昼前に天神に着いてみると人がいっぱい。さすが大都会。スゴイ密度じゃのう。あれ?警察が列をなしてやってくるが…。なんかあったのかな?その辺のおじさんに聞いてみると、さっきまでホークスの優勝パレードがあったとか…。なんと。11時からあったらしい。あと1時間ほど早く着いていれば見れたのに。なんで誰も教えてくれんかなあ。しょうがないけど。長男とジュンク堂で待ち合わせ、昼飯を食べに、その辺のラーメン屋へ。長男は昔から非常にやせていて、カラダがうすい。自分も若い頃はやせていたが、ここまでではなかったはずだ。「しっかり喰ってしっかり運動せんと」と、言うのだが、「食べとる」「適当に運動はしとる」と気のない返事。あんまり言うと逆効果かもと、シツコクは言わなかったがやはりなにごともカラダがあってこそなので、ヒジョーに心配だ。不動産屋に行って子どもが決めたというアパートを見せてもらう。ロフトがあった。「なんか色気づいておるんか」と、若干気にくわない感じもしたがまあいいかと特に異は唱えなかった。「たぶんロフトがあるこの構造だと夏は暑いし冬は寒いぞ」 とイヤミを言っておく程度にした。 手続きを終え、不動産屋を出て喫茶店で一服してからまたジュンク堂に行きそこで長男とお別れ。自由席はぎゅうぎゅうの新幹線で広島に帰ってからツマに書類一式を見てもらうと、「あれ?木造なん?地震と火事がコワイね〜。」「いま使っとるフローリング用の畳が使えるかね〜?」「カーテンはそのまま使えそうなん?」「ロフトがあるということは天井が高いのだろうが電灯はどうついていたのか」などと、思いも寄らぬ突っ込みを入れられ、自分の甘さを思い知るといういつものパターンなのであった。

 

高い方の鉄棒から見おろす

2014/11/18(Wed)

先日。日曜日はばあさまが通院のため、マチに出てくる日。その出立する直前になって「保険証が無い」と、大騒ぎ。「そういえば先週近所の病院に行った折に、病院で受け取っていないような気がする」というので、病院へ電話してみるも日曜日なので誰も出られない。自宅の法へ転送されているようだがそちらからも反応ナシ。「病院の近所に看護婦さんが住んでいる、その人に頼めば病院を開けてくれるはず」というので「ええ〜、マジか。ワシが看護婦さんだったらイヤがるのう〜」とか思いながらも「それしか手が無いか?」と、ばあさまといっしょにその人のお宅に向かってみる。幸いご在宅で病院を開けるのを快く引き受けてくださり、無事に保険証も見つかった。助かった。本当は初診でも無いので、「保険証忘れました」とか言って通院してもヨカッタのだが、年寄りは意見を曲げないのでもうしょうがない。結果的には見つかってヨカッタのでまあいいかなのだ。その方はアネの同級生で、今度アネがばあさまを田舎へ連れて帰った折に、お礼をしておかねばならんな、と考えつつ広島へ。結果的には年寄りの意見を聞いといてヨカッタ。ということはママある。というか、けっこうある。が、お互いものの言いようでついケンケンしてしまうこともあり、言い合いのようになって「そんなん聞いてられっか」という気分で物事が進行したりすると、イイ塩梅なところに収まりにくいので、途中「いかんいかん冷静に冷静に」と、自分をなだめることが肝要だ。と、今回も思った。

 

犬との融合

2014/11/18(Tue)

先月再びMacがイカれて新しいMacに移行させ、その間は非力なPowerBook--メモリがわずか2G--にて日常ギョウムをこなさなければならず、かなりしんどかったのだが、このところようよう移行も安定したのではないかと思われる。新しいOSなので動かないソフトもチョロチョロあったが、オープンソース的思想が発達した現代における恩恵か、殆どフリーで使えるソフトがたくさんあり、それらを代替ソフトとして使用することに切り替えた。今まで使っていた書類を友人にテンプレートにしてもらったりして、なんとかかんとか新しい環境に移行できた。ような気がする。ワタクシの場合、インターネットへの接続はMacを通してのみなので、Macがトラブっているあいだは接続する余裕もなくとりあえずは最低限のこと(つまり仕事のみ)をこなすのでありました。しかし本来ここでなすべきは最低限のことだけでいいのだからそれでいいのだ。ナニを言いたいのかというと例えばこういうニッシを記録するだとかは余計なことであって、特にしなくてもイイ余分なことだ。それが良い悪いではなく、事実として余分の部分なのだ。余分なのだから、あまり「やりたくない」と思うことはするべきではないなあ、とあらためて考えた。…営業的にはどうかわからんが、とりあえずそこは本能として「いやだ」と感じたら避けた方がいいように思うたわけだ。ナンダカ変な話になってきたけど、ネコなんかを見てても「なんであんたらは好きなようにできんのかね?」と、いつも言われているような気がするのは、ちょっと病んでるのかな?

 

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